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2020年8月8日土曜日

【日本史】マンガ『雪花の虎』が面白い!~「上杉謙信=女性説」について~大虫・虫気とは何なのか?~

マンガ/日本史コラム




☝・・・週刊マンガ雑誌・ビックコミックスピリッツ連載、東村アキコさん作の『雪花の虎』が佳境を迎えている。 今回は、この話をー。







(*´ω`)(*´ω`)(*´ω`)


☆『雪花の虎』9巻より


☝・・・まず、『雪花の虎』とは、「上杉謙信=女性説」を採った歴史もののマンガのことです。 そして、物語はまさに「鞭声粛々、夜河を渡る・・・」のシーンに差し掛かったところだ。


マンガについて興味を持った方は『雪花の虎』を読んでいただくとして、それにしても「上杉謙信=女性説」は意外と世の中に普及したもんだ。 歴史好きはもちろんのこと、ゲームといったサブカルの分野を経由して、そんじょそこいらの一般人でもこの説について知っている人は意外と多い(たぶん)。







☆グーグル検索より、八切止夫さん


☝・・・この「上杉謙信=女性説」を初めて世の中に発表したのが、作家で歴史家でもある八切止夫さん(1914~1987、故人)だ。 なお、この説は、昭和40年代(1965~1975)頃には八切さんの著作によって発表されていた模様。


八切さんという作家は、たとえば「上杉謙信は実は女性だった!」などと、勇壮な武人であるはずの上杉謙信が実は女性だったと主張するなど、いわゆる世間の常識・認識とは程遠い説を展開する作家である。


それなので、八切さんが存命の頃には、もっぱら彼は「突飛な主張で世間を騒がせる作家」だとみなされていた。 これは八切さん本人も「クレイジーだ、でたらめだと世間から言われる」と、自身の評判について著書でそう述べている。







☆『雪花の虎』4巻より


☝・・・一見でたらめな主張をしている八切止夫さんだが、独自の説を展開するにあたって、厳格なルールがあるのだという。 それが「一級史料だけを用いる」というものだ。 今回話題にしている「上杉謙信=女性説」も、江戸時代の前期に松平忠明が編纂を命じたという『当代記』の記述がその種となっている。


なんでも、その『当代記』には上杉謙信の死因が書かれているというのだ。







☆『戦国IXA』より、松平忠明











☝・・・『当代記』巻二の記述にこうある。


”この春、越後景虎卒去。 年四十九、大虫と云々。”


☝・・・凡百の一般人であるなら、この記述を読んでも「ふーん」の一言で終わってしまうところだろう。 だが、八切さんは違った。 このたった一言の記述が、今日でも広く知られるようになる、「上杉謙信=女性説」の起点となっているのだ。


では、この「大虫」とは、いったい何のことなのだろう。







(`・ω・´)(`・ω・´)(`・ω・´)


☆映画『千と千尋の神隠し』より、虫


☝・・・話は脱線しますが、日本語の慣用句に「虫の居所が悪い」「腹の虫が収まらない」などと、虫を使った表現がいくつかある。 中世の日本においては、人間の感情には「虫」が関わっているという認識があったという、何よりの証拠だ。


ここでいう虫とは、昆虫(bug,insect)といった類ではない。 それは固い甲殻を持つ昆虫ではなく、むしろウネウネとしたミミズのような印象の生き物だ。 回虫など、寄生虫(parasite)といった気持ちの悪い系の虫がそのイメージに近いだろう。


こういった、ウネウネとした虫を古来の日本人は体内に抱えていると考えていた。 まぁ、中世では実際に寄生虫を持っている人は割合多かったと思いますが・・・
@@;


とりわけ女性には大きな虫が体内にいるとされ、その虫が一か月に一度体内で活発に動きまわり、内臓を突くことで、それが原因で月経が起こると当時は信じられていたのだ。







(`・ω・´)(`・ω・´)(`・ω・´)


☆官公庁のサイトより、庚申塔


☝・・・人の体内には虫がいるーーーこういった中世日本の信仰/迷信は、「庚申(こうしん)信仰」という民間信仰に端を発している。


「庚申さま」「庚申講」などと知られる庚申信仰の考えはこうだ。


人間の体内には「尸(し)」という虫がいて、庚申(かのえさる)の夜に体内から抜け出しては、天帝、もしくは閻魔大王に告げ口をして人間の寿命を縮めるーーーというものだ。


寿命が縮むなどと言われては、損をしたような、どことなく不安な気持ちにさせられる。 そこで人々が取った行動が、「庚申の日の夜にグループを組んで集い、そこで物語をしたり、祀られた神仏を拝みながら徹夜をする」ということだった。


どうも尸という虫は、人間が起きてさえいれば、体から外に出ていかないと考えられていたようだ。 だから徹夜をしたというワケ。 こうした風習は古くは平安時代(10世紀)の頃に中国から日本へ伝わり、初めは貴族の習慣であったが、やがて室町時代(14世紀)頃までには一般大衆に広まり、江戸時代(17~19世紀)にとりわけ流行した。


日本人には興味深い小話を。 「コンニャクがお腹をキレイにする/お腹の砂を下す」と俗に言われるのは、この庚申信仰のためらしい。 「庚申の日には蒟蒻を食べる」という信仰に基づいた習慣があり、元々は尸=虫を下すという呪術的な意味合いだったものが、今日まで伝わっているということだ。


☆『コトバンク』より、蒟蒻







また、「月待塔信仰」も先ほどの「庚申信仰」と関連した信仰だ。 「二十三夜さま」「十九夜さま」などと「〇〇夜さま」で知られる月待塔信仰は、もともとは庚申信仰とは別の信仰であったが、室町時代あたりに習合。 事実上、女性に限定した庚申信仰となった。


ええとねえ・・・、信仰上の行事とはいえ、複数の男女が一夜を過ごすとなると、それはワクワクするイベントであり、一方でハプニングやトラブルも起こったりと、そういった理由から女性専用の「月待塔信仰」が生まれたのだろう。 真面目に言えば、「女性の血の穢れ(→月経、出産)」が庚申信仰に差し障ったためらしい。 女性の月経は虫が悪さをしたせいと考えられていたからね。


「庚申信仰」も「月待塔信仰」も、どちらもキッチリとした決まり事のない民間の信仰であり、そこには地域差があって、さらには時代の移り変わり・信仰の流行り廃りといった要素も加えるとその実態は流動的で一言では言えないが、いずれにしても中近世の日本には、体内に得体のしれない虫がいるという認識があったことが伺われる。







(`・ω・´)(`・ω・´)(`・ω・´)


☆『雪花の虎』7巻より


☝・・・『当代記』記述の上杉謙信の死因と書かれた「大虫」を、八切さんは婦人病であると解釈した。 その背景は先ほどご説明したとおりだ。


「そんなバカな!」「トンデモ説だ!」と怒号にも似た非難を浴びつつも、昭和40年代に発表されたこの説は、なんだかんだと言いながら平成年間を通過して、令和のこんにちでは、むしろ八切さんが存命中の頃よりも「上杉謙信=女性説」信者を増やしている。


このこと自体が「仮に上杉謙信が女性だとしたら、いくつかの謎がすんなりと解ける」という、大衆によるこの説への支持表明であると言えるだろう。







(`・ω・´)(`・ω・´)(`・ω・´)


☆『雪花の虎』2巻より


☝・・・賛否両論の併記が歴史に対する公平な態度だとするならば、最後に少し「上杉謙信=女性説」に否定的な側面をお伝えしていこう。


上杉謙信の死にざまについて、歴史好きな人は「厠(便所)でぶっ倒れて、それからコロッと死んでしまった」と知っていることだろう。 このソースは『景勝公御書』という史料からのようだ。


「不慮之虫気」と、その史料では上杉謙信の死因についてそう書かれている。 松平忠明編纂の『当代記』では「大虫」だったが、ここでは「虫気」だと記されていることに留意しよう。


まじめな日本史の学問では、この「虫気」を、「むしけ」ではなく「ちゅうき」と解釈している。 「むしけ」とは迷信上の虫である三尸(さんし)によって引き起こされる腹の病で、ともすれば婦人病とも解釈できるが、「ちゅうき」とは中気であり、すなわち脳卒中であると考えているのだ。


つまり「虫気=ちゅうき=中気=脳卒中」という等式である。 この等式はしごく穏当な解釈であるともいえるが、わたしからすれば、史料の記述(→厠で倒れたという記述)に引きずられて導き出した印象が強い。


果たして上杉謙信の死因は虫気(むしけ=婦人病)だったのか、それとも中気(ちゅうき=脳卒中)だったのか。 歴史書がその辺ハッキリと記さなかったばっかりに、今日このような混乱を招いている。 何かのきっかけで決定的な史料が見つかり、「上杉謙信=女性説」に決着がつくことを私たちは待つのみだ。







(`・ω・´)(`・ω・´)(`・ω・´)


☆『雪花の虎』1巻より


☝・・・「上杉謙信=女性説」。 信じるか信じないかは、アナタ次第です・・・!
(`・ω・´)


と、お茶を濁して、今回のブログはこのあたりでお開きにしておこう。


上杉謙信が本当に女性だったとしたら、こんなに面白い話はないし、あるいはその反対にその説が間違っていたとしても、私たちはその過程でロマンを十分に楽しめたと納得できる。









☝・・・てゆうかシロ! 甘粕景持! しんがりガンバレ!!
(*´ω`)


※この文章はブログ主の見解です。


(つづく)


【ご挨拶】
更新お久しぶりです。 何かと忙しいので、月刊更新的なブログを目指していこうと方針転換をしました。 よかったら、引き続きご覧になってくださいませ。

ゲームにマンガといったサブカルに、少しお堅い歴史分野の散策。 各方面への興味は尽きませんが、とにかく時間が、ねえ。




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日本史ランキング

2020年1月5日日曜日

【サブカル/マンガ】『化物語』とブルマー談義!~キャラ絵小話!シリーズ~

サブカル/マンガコラム




☝・・・いつも楽しく読んでいる『少年マガジン』の『化物語』。 先日の4・5号(2020年度)においても「風の谷のナウシカのノーパン問題」をネタにするなど、原作者の西尾維新さんのギャグは冴えている。


「ナウシカのノーパン問題/疑惑」は昔からあったものだけれども、それが「鉄板のネタ」となったのは2000年以降のネットが普及して以来といったところだろうか。 わたし的にも、その頃友人たちとTV放送のナウシカを見た際に、話題になったことを思い出します。w


このことはさておき、さいきん私がこのマンガを読んでいて印象に残っているのが、以下のコマだ。









ブルマーだとッ?
馬鹿な!!
アイツはもう絶滅したはずだッ!!!


☝・・・マンガのこのコマ、めちゃくちゃインパクトありましたよねw


ただ、今日日の若い子たちがこのコマを見ても、あまりピンと来ないんじゃないのかなぁ、とも思いますねぇ。(忍野風)


折しもわたしは、女子児童の体操着がブルマーからショートパンツ、あるいはハーフジャージパンツへと移行する過渡期に小学校を過ごしたという世代であることから、今回はブルマーについて駄弁りを展開していこう。







(・ω・)(・ω・)(・ω・)


☆『ソードアートオンライン』シリーズより


☝・・・ブルマー。 これは日本における女子児童、あるいは女子学生の「下の体操着」として定着してきた衣類のことだ。 ただし、先ほど触れたマンガのセリフにあるように、令和の今日ではすっかり「絶滅」してしまっている。


このブルマーが考案されたのは19世紀(1800年代)のことで、その名称の由来は「ブルーマー夫人」に由来している。 


ただし少し複雑な経緯があって、実のところブルーマー夫人はブルマーを考案してはいない。 ブルマーという名称の発端は、ブルーマー夫人の知り合いの、ミラー夫人という女性だった。







☆ネット検索より、ブルーマー夫人


☝・・・ブルマーについてストレートに話をしていきたいところだけれども、まず、その前提として西洋世界のフェミニズム(女性解放、ならびに男女同権の社会を目指す思想・運動)について少し触れなければならない。


その理由は、ブルーマー夫人もミラー夫人も、ともにフェミニズム/女性解放運動をしていた仲間であり、そういった彼女らフェミニストによってブルマーの原型が考案されたからだ。


なお、ここからはフェミニズムの理念に沿う形で、彼女たちのことを「〇〇夫人」という呼び名ではなく、ファーストネームをつけて呼ぶことにしよう。







☆『ラブライブ!』シリーズより


☝・・・フェミニズム、女性解放運動といえば、こんにちの日本では「ガラスの天井」というワードが象徴するように、女性の社会進出についての障壁、あるいはそれに関連した精神的な障壁の問題を扱うことがメインとなっている。


しかし、アメリア(ブルーマー夫人)やエリザベス(ミラー夫人)が生きていた時代は、「ガラスの天井以前の問題」が女性たちの間に横たわっていた。


それが、「コルセットとロングスカート」といった衣服による肉体的拘束、そして「伝統的な淑女(レディ)像」といった精神的な拘束だ。 当時の女性解放運動家は、そういった拘束からの解放を目指して日々奮闘していたという訳だ。







☆『愛の若草物語』より


☝・・・蛇足だけれども、アメリアやエリザベスが活動していたころの時代観・世界観がよくわからないという方は、名作文学『若草物語』のイメージを参考にしてもらおう。


『若草物語』の作者、ルイーザ・メイ・オルコットとアメリアはともにアメリカ人であり、生きた時代もほぼ重なっている。 「アメリカ南北戦争(1861~65)」という動乱を挟んだ、開拓真っ只中のアメリカという説明も加えれば、よりわかりやすいだろう。







☆ネット検索より、ブルーマー服


☝・・・こういったフェミニズム勃興期のアメリカで、エリザベス(ミラー夫人)は女性解放の一環として、「動きやすい服」を考案した。


それが上記の図の服である。 スカートとパンツ(ズボン)を重ねて履き、全体的にゆったりとした衣服といった印象だけれども、こういった服は当時のフェミニストたちに好評を博して広まっていった。 日本で言うところの「埴輪ルック」的なスタイルの登場だ。


こうしたアメリアやエリザベスらフェミニストの新しいスタイルは、仲間内ならいざ知らず、公の場にそういった出で立ちで出席すると、彼女たちは嘲笑の的とされた。


これは例えるなら、現代の冠婚葬祭の場において、男性が女装して出席したときの周囲の反応を想像するのが一番近い。 今となっては意外なことなのだけれども、ズボン・パンツは男性のみが履くものだという強い固定観念が当時はあったからだ。


エリザベスやアメリアらフェミニストたちは信念をもって社会に一石を投じていたわけだけれども、そういった行動は残念ながら「炎上」したというわけだ。








しかし、しばらくして流れが変わる。


エリザベス(ミラー夫人)の「新しいスタイル」が炎上した前後において、アメリア(ブルーマー夫人)が雑誌でこの服を紹介したところ、大反響が巻き起こった。 アメリカ各地で働く女性たちが、動きやすく、働きやすいといったこの服の機能性に注目したのだ。


こうして先ほどの新しいスタイルは全米、そして西洋世界に広まり、一定数の女性の支持を得るに至る。 この新しい服装は「ブルーマース:ブルーマー夫人の服」と呼ばれるようになり、女性がズボンを履く端緒となったのだ。







☆『ラブライブ!』シリーズより


☝・・・ブルマーという名称の出発点のいきさつは以上のとおりだ。 はじめにコルセットとロングスカートという女性の肉体的拘束があり、それからの解放をうたったフェミニズムという思想・運動があった。 そしてエリザベス・ミラーが動きやすい服を考案して、それをアメリア・ブルーマーが広めたといった流れだ。







☆ネット検索より、日本のブルーマー服


☝・・・さて、このブルーマー・スタイル、あるいはブルーマー服は海を渡り、やがてわが国・日本にも伝わることとなる。


日本におけるブルーマー服は、およそ明治末~大正期に伝わったようだ。 しかし、当時の日本人女性がフェミニズムを掲げてそういった服装をしたのかどうかはよくわからない。 わかっていることは、ブルマーは大正時代(1912~1926)にはすでに女児の体操着として一部の学校で採用されていた、という事実だ。


その当時のブルーマー服はこんにち私たちが認識するようなものではなく、いわばダルダルのズボンを膝下、もしくは膝上で締めて止めるといった、「ちょうちんブルマー」と言われるような形状だった。


このちょうちんブルマーが、体操/運動でより動きやすいようにと短くなっていき、やがて私たちが知るブルマーの姿になったという訳だ。







☆『プロジェクト東京ドールズ』より


☝・・・なお、こんにちの私たちは主に既製服を着用しているハズだけれども、ある時期までは、たいていの衣類は家庭で作るといった時代があった。 ブルマーもその構造は簡単なので、各家庭のお手製で作られていたようだ。


当時の婦人雑誌を参照すると、ブルマーはその型紙とともに、下着を覆う衣類として、布地は上着のものを使うようにといった指定がされている。 当時の世のお母さん方は、娘のためにせっせと夜なべして縫物をして、ブルマーを作っていた・・・こんな時代もあったのですね。 @@







☆『ビーナスイレブンびびっど』より


☝・・・このように日本で定着していたかのように思えたブルマーは、どうして「絶滅」してしまったのだろう。


思うに、ブルマーはだんだんと下着と同一視されていったのではないだろうか。 ブルマーは本来下着ではない。 とはいえ、ブルマーが下着に近い衣類であることは、だれの目からも明らかだ。


ブルマー着用が廃止されたということは、何かしら原因があったはずだと思う。 それも日本全国的に廃止されたという事実があるので、文部科学省を頂点とした教育機関が何らかの決定を下した可能性が高い。


ブルマーの廃止が始まったのは80年代(1980~89)だといわれている。 その時期にブルマー廃止に関わる何かしらの事件・出来事があったのだろうか。 「ブルマー廃止やむなし」と思わせるような、ブルマーをけなし、こき下ろすような社会的風潮が。 たとえば、テレビの低俗なお笑い番組やエロ番組などでよく使われていたりだったとか。


とはいえ、わたしはその当時鼻水たれの子供であり、80年代のそういった社会的背景は正直よく分からないし、キチンとした書籍資料も残念ながら手元にない。


それなので、ブルマーについて等身大で語らせてもらえば、アニメ『サザエさん』における「ワカメちゃんのパンツが見える問題」を思い出します。







☆ネット検索より、ワカメちゃん


☝・・・画像を見てもらえば分かりますが、ワカメちゃんはスカートからパンツが見えていて、それで子供心ながら「どうしてスカートからパンツがはみ出ているんだろう? @@;」という疑問があって、それは小学校などのクラスのお笑いネタとして鉄板だった。


しかし、このブログをここまで読んでくれたら分かるように、ワカメちゃんのスカートからはみ出していたのはパンツではなく、見えても問題のないブルマーだ。 こんな単純な事実も、わたしたちの世代はわからなくなってしまっていた。 ただただ、ブルマーといえば紺色(わたしたちの学校ではそうだった)で、そして女子の下の体操着だといった感覚だった。







(・ω・)(・ω・)(・ω・)


ブルマー廃止の原因について行き詰っているところ、ここでわたしは一つのネット記事を見つけた。 そのソースは『朝日新聞デジタル』と、情報の信頼性は比較的高そうだ。 少なくとも、一般人が何か言っているよりかは。


☆サイト『朝日新聞デジタル』2019年4月の記事
「消えたブルマー 中3女子の「はきたくない」に裁判官は」より
https://www.asahi.com/articles/ASM4Q6SG2M4QUTIL076.html


☝・・・わたしはこのサイトの会員ではないので全文は読めませんでしたが、それによれば、女子生徒がブルマーを履くことへの抵抗の声が、1990年を過ぎた頃から徐々に大きくなっていったようだ。


そして、ブルマーを履くことに強い羞恥心を感じるようになった原因が、日本の世の中に「ブルセラショップ」という、いかがわしい商店が登場したことが一因だと記事では触れられている。


つまりブルマー廃止の原因とは、1990年前後に登場したブルセラショップという商売によって、そのイメージが著しく汚され貶められ、世の中は「こんなもの、着てられない/着せられない!」という風潮となり、それでブルマーは「絶滅」させられたということになる。


・・・なんということだ。 一部の過激な連中が悪ノリをして行き過ぎた行動をすると、その反動が全体の規制となって返ってくる。 こういった当たり前の法則が、90年代前半の日本で発動されていたのですね。







脱線ですが、「一部の過激な連中が行き過ぎた行動をするせいで、多くの人が迷惑をする」ということは、社会のあちこちで散見される。


例えば、最近でいえば「京アニ ガソリンテロ事件」を起こした犯人のために、車両に給油する以外でのガソリンの購入はとても面倒なものになってしまったし、また「水泳の授業が男女で分けられた」ことも、一部の「エロい男子」が大騒ぎしてスク水女子をからかって問題になったことが原因だ。


もっと視点を大きくすれば、2010年代半ばの「ヘイトスピーチの規制」も、関係する過激団体が悪ノリした結果、法で規制されるようになる原因だった。 そして現在係争中の「『NHKから国民を守る党』が関連した騒動」も、いずれ全体にさらなる規制となって返ってくることだろう。 世の中の悪とは、過激な主張・行動をする一部の輩だ。


それはさておき、こうして日本の学校教育現場における女子のブルマー着用は、90年代半ばで「絶滅」に至ったのである。







(・ω・)(・ω・)(・ω・)


☆『フェイト・グランドオーダー』より


☝・・・ここまでに、あまりにもブルマーブルマーと連呼していたので、文章を書いているわたしはブルマーについて少しゲシュタルト崩壊気味だ。w それなので話をまとめて終わりへと向かおう。


世の中には「ブルマーが廃止されて残念だ」という意見が一部で見られるけれども、正直、わたしにとってブルマーなんぞ絶滅しようが存続しようが、そんなことはどうだっていい。


というのは、ブルマーが存在していたのはわたしが小学生のときで、小学生ゆえにそれを邪(よこしま)な目で見ておらず、性的な思い出と結びついていないからだ。


てゆうか、純粋に衣類として見ればブルマーはどこかポテっとしてやぼったく、ショートパンツやハーフジャージパンツの方がよほどスタイリッシュだと思う。 もっとも、キュートさという点においてはブルマーが勝っているように思うけれども。


ともかく、『化物語』でいじられたように、ブルマーは男子/男児の心をくすぐり、刺激するなにものかがあるのは確実だ。




☆『ナナリズム』より


☝・・・失われてしまったものへの哀惜と、戻らない過去の時間。 それらは相絡まり、まるで「『ハンター×ハンター』の死後強まる念」のごとくとなって、ブルマーは廃止されてもなお、キャラ絵における一つのジャンルとして描かれ続けている。


そしてそれは、令和の時代にも伝承されていくことだろう。 紳士諸氏の支持がある限りは。


(つづく)


※この文章はブログ主の見解です。




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2019年11月20日水曜日

【マンガ】『九龍ジェネリックロマンス』とアジアンゴシック、そしてディストピア考!~

マンガ/サブカルコラム


☆サイト『週刊ヤングジャンプ』より
https://youngjump.jp/manga/kowloon/


☝・・・週刊ヤングジャンプ・・・通称ヤンジャンにて連載がはじまった、眉月じゅんさん作の『九龍ジェネリックロマンス』


個人的に、この作者さんの前作・『恋は雨上がりのように』をチラ読みしていたこと、そして「九龍(クーロン)」というワードに魔力めいた魅力を感じることから、今回はこいつをお題に駄弁りを展開していこう。







このマンガは、タイトルに冠された「九龍(クーロン)」のとおり、今では失われてしまった魔境として有名な香港の九龍城塞、それが存在した1990年あたりの当時を懐かしむことがメインのマンガだと思いきや・・・


ところがどっこい、第2話の冒頭で「ジェネリック地球(テラ)」なるものが登場し、このマンガの世界観が、まさかの近未来SFものであることが判明しましたね・・・!







それにしてもこの作品、建設中だという人工惑星が登場するという近未来の割には、どこか奇妙な感じがします。 まず、劇中の登場人物たちの身の回りにあるモノの旧式っぷりはどうだろう。


たとえば、主人公である鯨井令子の部屋。 そこには明らかに近未来とは言い難いレトロな趣のあるエアーポットや扇風機が置かれている。 そして彼女が身に着ける腕時計もスマートウォッチなどではなく、ずいぶんと昔からあるような女性用の細い腕時計だ。


それよりもそもそも、なぜこの劇中の世界において、今では失われてしまったはずの九龍城が存在していて、そこに主人公の令子を始めとした日本人が働いているのだろう? こういった疑問が読者の前に横たわっている。


こういったカオスな世界観はどうだろう。 先ほどわたしはこのマンガを近未来SFものだと言いましたが、それは間違いであって、このマンガは現実の世界とはまったく異なる世界・・・時間も空間も違った、パラレルワールド系のお話しなのだろうか。







こう書いてしまうと、わたしが否定的な立場でこのマンガを読んでいるように聞こえるかもしれませんが、そんなことは決してなく、とても楽しく読ませてもらっています。


仮に作者が男性であったならば、同じテーマを描いたとしても、そのマンガにはバトルやエロといった要素が多く含まれがちだ。 でも、このマンガの作者は眉月じゅんさん・・・女性ということもあって、劇中では男性マンガ家にはなかなか描く事の出来ない女性の心理が、マンガのコマに落とされて描かれている。


そう、このマンガは実質、「男性誌に連載された女性マンガ」なのだ。 こういった部類のマンガは昔から一定数あるものの、ふだんからそういったものを読まない男性読者にとっては新鮮であり、刺激的でもある。







「映画は最初の10分」。 ・・・こういった格言があるくらいに、マンガの出だしというものも同様に重要だ。 その点、この物語の滑り出しはなかなかいい感じで、このマンガは週刊連載ということから、こういった「週一の楽しみ」が増えたことをうれしく思う。


なんていうか、大人になってしまうと趣味嗜好のストライクゾーンが保守的になるというか、こういったささやかな楽しみは少しづつ減っていく傾向にあるので、ここは素直にありがたいと思ってしまうよ。







(・ω・)(・ω・)(・ω・)


いったん話題を、マンガ『九龍ジェネリックロマンス』から外れてみよう。









☝・・・それにしても、なぜ令和時代の今、我が国で九龍城というモノに光が当てられるのだろう。


かくいうわたしは、リアルに存在した九龍城のことは正直よく知らない。 知っているとすれば、それはプレステ初代でリリースされた『クーロンズゲート』という、ゲーム化されたヴァーチャルでフィクションな九龍城くらいだ。









☝・・・こちらが先ほど触れた、プレステ初代の『クーロンズゲート』のパッケージだ。 ちなみに、リリースされたのは1997年2月。 このゲームは、なんでも今日では「伝説の奇ゲー」などと称されているらしい。


確かにそれは言い得て妙で、このゲームはリリースされたその当時、ゲーム好きな少年少女、そして若干の大人にインパクトを与えた。 かくいうわたしもその一人で、このゲームの持つ強烈な個性の印象はいまだ薄れていない。


たしかその当時は、1996年3月にリリースされた「バイオハザード初代」の大ヒットにより、ホラーといったジャンルがゲーム業界でプチブームとなっていて、そういったホラー系・怪奇系のゲームが雨後の筍のように次々と世に出ていたと記憶している。 そういった世相のもと、『クーロンズゲート』はひときわ異彩を放っていた。


まぁ、この『クーロンズゲート』のゲーム性・・・ストーリー進行やダンジョン攻略、敵とのバトルなど、こういったゲーム性の部分はそれほど面白かったとは言えないけれども、薄暗く荒廃した感のあるクーロンの世界、ドぎつい見た目の住人たち、ねっとりと奏でられる胡弓のサウンドなど、そういったものが絡み合った世界観は総じて面白かった。


九龍城とは、やっぱり闇の中でネオンの光を輝かせているような、悪酔いしてしまいそうなほどのアジアンゴシックに満ちていて、暗さやうさん臭さを基調とした存在であった方がいい。 ・・・こんなことを思ってしまうのは、わたしの九龍城についてのイメージが、ゲーム『クーロンズゲート』の支配下にあるからだろう。







(・ω・)(・ω・)(・ω・)




☝・・・話をマンガ『九龍ジェネリックロマンス』の方に戻してみよう。


いま物語は第2話まで進んだということで、お話は今後どのような展開を迎えるのだろう。 第2話の扉絵では「大人ロマンス INでぃすとぴあ」ということが書かれていて、このマンガのコンセプトを端的に説明しているけれども、わたしから言わせてもらえば、ディストピア感がやや物足りない。


いや・・・正直に言えば、現時点でディストピア感は限りなくゼロに近い。 九龍の町はゴミゴミとしているものの夜には満天の星が見えるなど環境は悪くなさそうだし、主人公である令子の職場での人間関係もおおむね良好。 また、みずみずしいスイカやプリプリとした水餃子が登場するなど、食べものも美味しそう・・・などなど、劇中の九龍の世界では、好まざるものよりも好むものの方が勝っているように見受けられる。


これはたぶん、作者の眉月さんの九龍城塞というものに対するイメージが、どちらかといえば「懐かしく、古き良きもの」と好意的にとらえているからだろう。


個人的な希望としては、もっともっと、九龍城塞の持つ闇、ゴチャゴチャとしていてアナーキーで、アンダーグラウンドな感じを描いてほしい・・・でも、それだと別物のマンガになってしまいそうだから、ここは素直にこの作者の感性に身を委ねるとしよう。







(・ω・)(・ω・)(・ω・)


それにしても、やっぱりキーになるのは「ディストピア」というワードだろう。


わたしたちの社会は、表向きは「明日はより良い社会になる」とうたっているが、それを大嘘だと見做すのが「ディストピア観」で、つまり、人類によって営々と構築されてきた文明社会は高度に発展していくものの、その極みにおいて大崩壊をし、ついには存亡の淵に追い込まれるのではないかといった悲観的な世界観だ。


マンガ『北斗の拳』における世紀末世界、アニメ『風の谷のナウシカ』の腐海に覆われた世界、映画『ターミネーター』『マトリックス』などの機械・AIが支配する世界などがそういったディストピア観にかなう世界だと言えるだろう。 こういったディストピアを舞台とした作品・コンテンツは古くからあり、むしろ古典的だともいえる。


ではなぜ、いまディストピアなのだろう。







それを正確にいい当てるのは難しい。 単純に「異世界ものに飽きた」ということもあるだろう。


とはいえ思い当たるとすれば、ネットワーク社会の出現が、それに慣れない人々を戸惑わせているということだろうか。 ネットワーク社会の出現とは、情報伝達の無駄を省いて世の中を便利にするという側面がある一方で、「管理者/権力者が管理しやすい社会」が到来したことを意味している。


なによりも尊重されるべきである個人が、職場の上司に、あるいは社会や国家に、はたまた無数の「お前ら」といった自分以外のナニモノかによってより強く干渉・支配されるようになった・・・そういった思いが強くなってきているのではないだろうか。


こういった管理のいきすぎた社会がディストピアの条件の一つで、その延長線上にはやがて世界の破滅が待ち構えている。







ディストピアを扱う作品・コンテンツを気になってしまうのは、その作品の表面的なものだけでなく、その深層にある人類滅亡への警鐘と、それを回避しようといった健全な本能のようなものが、心のどこかで反応しているからなのかもしれない。


(つづく)




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2019年7月18日木曜日

【時事/サブカル】京アニ放火テロ事件について!

時事/サブカルコラム


関連する前回
https://exp0stargalaxy.blogspot.com/2018/12/blog-post_29.html
萌え論~今年、街角で見かけた萌えキャラたち!~







☆サイト『痛いニュース』より
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1992169.html


☝・・・令和年間に入ってからというもの、陰惨な事件が目立っていますよね。 中年男性が無差別に人を殺傷するといった、身勝手な犯罪が。


そしてつい昨日も心痛む事件が起きてしまいました。 京都アニメーション・・・略して京アニの施設が放火テロにあい、33名もの方が亡くなったという事件です。


この事件・・・本当にいたたまれないですよね、どうしてこのような事件が起きてしまうのでしょう。


衝撃を持ってこのニュースに接するうちに、わたしはあることを思い出しました。 そう、わたしには京アニについて、ささやかな思い出があるのです。 そしてそれは今から10年弱ほど前の話だ。







その当時・・・東日本大震災から数年と経たない当時、わたしはいわゆる「民泊」を利用して京都観光に訪れていた。  その当時は「民泊」という施設の存在もあまり世に知られてはいなく、「ゲストハウス」という呼び名だったかと思う。 そして、わたしが利用したゲストハウスは、京都・伏見駅からやや離れた住宅地の中にあり、料金は一泊素泊まりシャワー付きで2000円弱ほどであった。


ゲストハウスには様々な人が利用する。 日本人もいれば、外国人グループもいる。 そういったゲストハウスで、わたしとたまたま居合わせたのが、北海道から来ていた30歳前後の日本人男性だった。


ゲストハウスにはキッチンやダイニングといった共有スペースがあることが多いので、居合わせた方とのちょっとした挨拶や世間話は欠かせない。 その男性とのそつのない会話のなかで、わたしが尋ねた、


「どこか観光ですか?」 という問いに、彼がやや照れ笑いをしながら返してきた言葉が、


「・・・京アニって知っていますか?」 という答えだった。  ・・・それが、わたしにとって初めて知り得た単語・京アニであった。







☆『けいおん! プレシャスメモリーズ』より


☝・・・わたしはアニメのフリークではないけれど(一般人レベルだと思います)、そのかわり歴史好きですからね、そういった「聖地巡礼」的な旅行の動機は十分すぎるほど理解できる。 その方はにこやかに、控えめに旅の動機などについて語っていた。(その中には身の上話もあったのですが、それについては割愛します)


その人とは2日間にわたって顔を合わせて話をしたけれども、その中でわたしは、多くの人から愛されるアニメ制作会社・京アニが京都・伏見(正確には木幡)にあることを知ったというわけなのです。







あの時以来。 昨日今日と陰惨なニュースを見聞きして、京アニのいちファンであったその男性を、わたしはうっすらと思いだしたという訳なのです。 きっと彼も、今回の事件に触れて、心を大変に痛めていることでしょう。


謹んで、亡くなった人たちに哀悼の意を表すとともに、二度とこのような事件が起こらないことを願います。


(つづく)




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2019年4月23日火曜日

【日本史/サブカル】そらと曽良!~芭蕉忍者説について~

サブカル/日本史コラム


関連する前回
https://exp0stargalaxy.blogspot.com/2019/03/blog-post_9.html
ウシジマくん完結と、ダークな歴史人物について!


(・ω・)(・ω・)(・ω・)


たまにはライトな話題でも、と思って今回のお話は。







☆サイト『痛いニュース』2019年4月20日の記事より
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1989526.html


☝・・・ふーん。 (`・ω・´)


女優さんの希望とか、要望といったものが通る業界なんですね。 とはいえ、個別にその対応は違ってくるんでしょうけど・・・


それはそうと、今回わたしは何もAVの話をしたいというのではない。w わたしが今話題にしたいのは、














☝・・・今回お題にするのは「そら違い」の、曽良こと「河合曽良」です! w


画像手前が言わずと知れた俳句の神様・松尾芭蕉で、その後ろで編み笠をかぶっている方の人ですね。 そう、曽良とは芭蕉の有名な弟子として知られている人物のことです。









☝・・・さて、そんな曽良の師匠である松尾芭蕉について、みなさんはこんな都市伝説を聞いたことがないだろうか?


それが「松尾芭蕉、実は忍者だった説」で、歴史好きの人ならきっと一度は見聞きしたことがあるハズだ。


その説を4行でいうと、


1.松尾芭蕉の生まれは伊賀の国。 だからきっと忍者だ
2.芭蕉たちの『奥の細道』の旅は、実は密偵調査の旅だった。 理由は以下。
3.芭蕉一行の旅程が尋常でない。 体力ありすぎ。 特殊訓練を受けた忍者だからだ
4.旅のルートに不可解な点あり。 隠密行動だからだろう。 すなわち、忍者である


☝・・・うーんw こうして4行にしてしまうと、この説がいかに強引なものであるのかということが分かってしまいますねえ・・・w このように、都市伝説とかオカルト説というものは、えてして強引なこじつけ・関連付けといった、主観的な傍証を重ねて成り立っていることが解ると思う。







(・ω・)(・ω・)(・ω・)


しかし、わたしがここから話を展開するのは、まぎれもなく「芭蕉、実は忍者だった説」を 肯定 するものだ。


そのキーとなるのが、芭蕉の有名な弟子・曽良なのである。 まずは、曽良と言う人物の生い立ちから、芭蕉と出会うところまでのことを述べてみよう。









☝・・・曽良の生年は慶安2年(1649)、信濃の国・上諏訪で生まれた。 父は高野七兵衛という人物であったらしい。 どうも曽良の家庭は「ワケあり」だったらしく、またその家庭では不幸が続き、彼は親戚の家を転々としたのち、12歳からは伊勢長島の大智院という寺に引き取られて、そこで成人した。


成人して河合惣五郎と名乗った曽良は、やがて伊勢長島藩に仕えることになる。 孤児として寺で育てられたのだから坊主にでもなりそうなものの、これは不思議なことだ。 曽良の実家、あるいはその養家が武士の身分だったのだろうか。


ところがどういうわけか、河合惣五郎、のちの曽良は30歳で藩を辞して、やがて江戸に上がり、いわゆる遊学生活をするようになる。 彼の師となったのは吉川惟足(きっかわこれたり)という人物で、そこで惣五郎は神道、国学、和歌、地理、歴史を学んだと言われている。


そして訪れる、芭蕉との邂逅。 天和3年(1683)、惣五郎35歳のとき、甲斐の国で彼は芭蕉と出会い、そこで入門をしたようだ。 新たに名乗った、惣五郎の俳号・・・「曽良」とは、「彼の育った伊勢長島の土地に流れる木川と長川、それらの川の一字づつを取った」ことが由来だと伝わっている。







どうだろう。 ここまでが曽良の半生についての通説ですが、そこからは曽良が忍者であったという根拠を見出すことはできない。 ただ、江戸時代の孤児がどうして藩士になれたのか、そしてせっかく藩士となったというのに、どうして家を守ることをせずに遊学、そして漂泊同然の道を選んだのかといった、どうも不可解な部分が目立って見える。


実は、この曽良の半生における不可解な行動は、晩年のとある行動に結び付くことになる・・・。







それが、芭蕉が亡くなったのちの、曽良の晩年の頃である。 宝永6年(1709)1月、曽良は幕府役職の「巡見使」の一人に任命されている。







☆サイト『コトバンク』より
https://kotobank.jp/word/%E5%B7%A1%E8%A6%8B%E4%BD%BF-78589


☝・・・「巡見使」とは、「江戸幕府が諸国に派遣し、地方の政情・民情の視察にあたらせていた役人」とある。


これは決定的なことで、もうこれ以上の議論は要らないだろう。 江戸時代は「お役人様!」の時代である。 曽良とは、俳句が趣味の単なるおっさんなどでは決してなかった。 巡見使に任命されるということは、幕府が一定の信頼に足ると認めた人物であるということであり、つまり曽良とは、そういった視察に関する任務の実績があったということを示唆している。


その実績とは、他ならぬ『奥の細道』であったろう。 つまり彼らの旅とは、「俳諧師を表芸とした密偵活動」であったということだ。









☝・・・どの時点で曽良が幕府の命を受けるようになったのは定かではない。 けれども、彼が不自然に藩を辞して江戸遊学をしているあたり、その前後から幕府と接触するようになったのではないだろうか。


そうなると曽良が芭蕉と出会う前の時点ということになり、もともと密偵/忍者であったのは芭蕉ではなく、実は曽良の方だったということになる。 『奥の細道』での密偵業務については、曽良が主導したのだろうか。


・・・こういった考察はなかなかに面白いですが、これ以上は根拠に欠ける空論になってしまいそうなので、このあたりで引き揚げるとしようかな。


以上、「松尾芭蕉、実は忍者説」・・・実はそいつは少し誤りであって、「弟子の曽良こそが忍者だった説」・・・でした!







(・ω・)(・ω・)(・ω・)


【ちょこっとサブカルの話題】


そういえば、忍者といえば、今でも「忍者もの」としてサブカルの分野で高い人気がありますよね。


その代表的なものに「少年ジャンプ」の「うずまきナルト」シリーズが挙げられるだろう。




☝・・・でも、このマンガを読んでいても、 「忍者らしくない・・・ぜんぜん❝忍んで❞ねえじゃんかよ・・・」 などと思ってしまいますねえ、個人的に。 単なるバトルアクション漫画と見れば面白いんですけれどね。 ま、少年誌のマンガに大人がそういったツッコミを入れることがナンセンスかな・・・w







そんなところ、面白いと感じる忍者マンガがある。 それが「ヤンマガ」に連載されている花沢健吾さん作の「アンダーニンジャ」だ。




☝・・・さきほどの少年マンガとは違って、こちらに出てくる忍者はちゃんと❝忍んで❞います。 てゆうか、忍びまくっています。 そのあたりがツボなんですよねえ。 それと、マンガに時おり挿入される小粋な述懐文章。


関連で、作家の西尾維新さんは「忍」について、「刃の下に心あり・・・」と言ってましたが、まさに忍び/忍者とは、そういった精神を体現した人たちなのだなー、なんてこのマンガを読みながら思い出したりして、妙に感心してしまったり。







(・ω・)(・ω・)(・ω・)


おおっと、なってこった。 今回はライトに話題を展開するつもりが、今回もまたくどくどと話が長くなってしまいましたね。


最後は、芭蕉と曽良とにちなんで、狂歌を一句をしたためて〆としますか。




忍ぶれど 色に出でにけり 曽良とそら
トモ~


・・・お後がよろしいようで・・・逃亡!
(・ω・)ノシ


(つづく)


※この文章はブログ主の見解です。




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