2020年8月8日土曜日

【日本史】マンガ『雪花の虎』が面白い!~「上杉謙信=女性説」について~大虫・虫気とは何なのか?~

マンガ/日本史コラム




☝・・・週刊マンガ雑誌・ビックコミックスピリッツ連載、東村アキコさん作の『雪花の虎』が佳境を迎えている。 今回は、この話をー。







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☆『雪花の虎』9巻より


☝・・・まず、『雪花の虎』とは、「上杉謙信=女性説」を採った歴史もののマンガのことです。 そして、物語はまさに「鞭声粛々、夜河を渡る・・・」のシーンに差し掛かったところだ。


マンガについて興味を持った方は『雪花の虎』を読んでいただくとして、それにしても「上杉謙信=女性説」は意外と世の中に普及したもんだ。 歴史好きはもちろんのこと、ゲームといったサブカルの分野を経由して、そんじょそこいらの一般人でもこの説について知っている人は意外と多い(たぶん)。







☆グーグル検索より、八切止夫さん


☝・・・この「上杉謙信=女性説」を初めて世の中に発表したのが、作家で歴史家でもある八切止夫さん(1914~1987、故人)だ。 なお、この説は、昭和40年代(1965~1975)頃には八切さんの著作によって発表されていた模様。


八切さんという作家は、たとえば「上杉謙信は実は女性だった!」などと、勇壮な武人であるはずの上杉謙信が実は女性だったと主張するなど、いわゆる世間の常識・認識とは程遠い説を展開する作家である。


それなので、八切さんが存命の頃には、もっぱら彼は「突飛な主張で世間を騒がせる作家」だとみなされていた。 これは八切さん本人も「クレイジーだ、でたらめだと世間から言われる」と、自身の評判について著書でそう述べている。







☆『雪花の虎』4巻より


☝・・・一見でたらめな主張をしている八切止夫さんだが、独自の説を展開するにあたって、厳格なルールがあるのだという。 それが「一級史料だけを用いる」というものだ。 今回話題にしている「上杉謙信=女性説」も、江戸時代の前期に松平忠明が編纂を命じたという『当代記』の記述がその種となっている。


なんでも、その『当代記』には上杉謙信の死因が書かれているというのだ。







☆『戦国IXA』より、松平忠明











☝・・・『当代記』巻二の記述にこうある。


”この春、越後景虎卒去。 年四十九、大虫と云々。”


☝・・・凡百の一般人であるなら、この記述を読んでも「ふーん」の一言で終わってしまうところだろう。 だが、八切さんは違った。 このたった一言の記述が、今日でも広く知られるようになる、「上杉謙信=女性説」の起点となっているのだ。


では、この「大虫」とは、いったい何のことなのだろう。







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☆映画『千と千尋の神隠し』より、虫


☝・・・話は脱線しますが、日本語の慣用句に「虫の居所が悪い」「腹の虫が収まらない」などと、虫を使った表現がいくつかある。 中世の日本においては、人間の感情には「虫」が関わっているという認識があったという、何よりの証拠だ。


ここでいう虫とは、昆虫(bug,insect)といった類ではない。 それは固い甲殻を持つ昆虫ではなく、むしろウネウネとしたミミズのような印象の生き物だ。 回虫など、寄生虫(parasite)といった気持ちの悪い系の虫がそのイメージに近いだろう。


こういった、ウネウネとした虫を古来の日本人は体内に抱えていると考えていた。 まぁ、中世では実際に寄生虫を持っている人は割合多かったと思いますが・・・
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とりわけ女性には大きな虫が体内にいるとされ、その虫が一か月に一度体内で活発に動きまわり、内臓を突くことで、それが原因で月経が起こると当時は信じられていたのだ。







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☆官公庁のサイトより、庚申塔


☝・・・人の体内には虫がいるーーーこういった中世日本の信仰/迷信は、「庚申(こうしん)信仰」という民間信仰に端を発している。


「庚申さま」「庚申講」などと知られる庚申信仰の考えはこうだ。


人間の体内には「尸(し)」という虫がいて、庚申(かのえさる)の夜に体内から抜け出しては、天帝、もしくは閻魔大王に告げ口をして人間の寿命を縮めるーーーというものだ。


寿命が縮むなどと言われては、損をしたような、どことなく不安な気持ちにさせられる。 そこで人々が取った行動が、「庚申の日の夜にグループを組んで集い、そこで物語をしたり、祀られた神仏を拝みながら徹夜をする」ということだった。


どうも尸という虫は、人間が起きてさえいれば、体から外に出ていかないと考えられていたようだ。 だから徹夜をしたというワケ。 こうした風習は古くは平安時代(10世紀)の頃に中国から日本へ伝わり、初めは貴族の習慣であったが、やがて室町時代(14世紀)頃までには一般大衆に広まり、江戸時代(17~19世紀)にとりわけ流行した。


日本人には興味深い小話を。 「コンニャクがお腹をキレイにする/お腹の砂を下す」と俗に言われるのは、この庚申信仰のためらしい。 「庚申の日には蒟蒻を食べる」という信仰に基づいた習慣があり、元々は尸=虫を下すという呪術的な意味合いだったものが、今日まで伝わっているということだ。


☆『コトバンク』より、蒟蒻







また、「月待塔信仰」も先ほどの「庚申信仰」と関連した信仰だ。 「二十三夜さま」「十九夜さま」などと「〇〇夜さま」で知られる月待塔信仰は、もともとは庚申信仰とは別の信仰であったが、室町時代あたりに習合。 事実上、女性に限定した庚申信仰となった。


ええとねえ・・・、信仰上の行事とはいえ、複数の男女が一夜を過ごすとなると、それはワクワクするイベントであり、一方でハプニングやトラブルも起こったりと、そういった理由から女性専用の「月待塔信仰」が生まれたのだろう。 真面目に言えば、「女性の血の穢れ(→月経、出産)」が庚申信仰に差し障ったためらしい。 女性の月経は虫が悪さをしたせいと考えられていたからね。


「庚申信仰」も「月待塔信仰」も、どちらもキッチリとした決まり事のない民間の信仰であり、そこには地域差があって、さらには時代の移り変わり・信仰の流行り廃りといった要素も加えるとその実態は流動的で一言では言えないが、いずれにしても中近世の日本には、体内に得体のしれない虫がいるという認識があったことが伺われる。







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☆『雪花の虎』7巻より


☝・・・『当代記』記述の上杉謙信の死因と書かれた「大虫」を、八切さんは婦人病であると解釈した。 その背景は先ほどご説明したとおりだ。


「そんなバカな!」「トンデモ説だ!」と怒号にも似た非難を浴びつつも、昭和40年代に発表されたこの説は、なんだかんだと言いながら平成年間を通過して、令和のこんにちでは、むしろ八切さんが存命中の頃よりも「上杉謙信=女性説」信者を増やしている。


このこと自体が「仮に上杉謙信が女性だとしたら、いくつかの謎がすんなりと解ける」という、大衆によるこの説への支持表明であると言えるだろう。







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☆『雪花の虎』2巻より


☝・・・賛否両論の併記が歴史に対する公平な態度だとするならば、最後に少し「上杉謙信=女性説」に否定的な側面をお伝えしていこう。


上杉謙信の死にざまについて、歴史好きな人は「厠(便所)でぶっ倒れて、それからコロッと死んでしまった」と知っていることだろう。 このソースは『景勝公御書』という史料からのようだ。


「不慮之虫気」と、その史料では上杉謙信の死因についてそう書かれている。 松平忠明編纂の『当代記』では「大虫」だったが、ここでは「虫気」だと記されていることに留意しよう。


まじめな日本史の学問では、この「虫気」を、「むしけ」ではなく「ちゅうき」と解釈している。 「むしけ」とは迷信上の虫である三尸(さんし)によって引き起こされる腹の病で、ともすれば婦人病とも解釈できるが、「ちゅうき」とは中気であり、すなわち脳卒中であると考えているのだ。


つまり「虫気=ちゅうき=中気=脳卒中」という等式である。 この等式はしごく穏当な解釈であるともいえるが、わたしからすれば、史料の記述(→厠で倒れたという記述)に引きずられて導き出した印象が強い。


果たして上杉謙信の死因は虫気(むしけ=婦人病)だったのか、それとも中気(ちゅうき=脳卒中)だったのか。 歴史書がその辺ハッキリと記さなかったばっかりに、今日このような混乱を招いている。 何かのきっかけで決定的な史料が見つかり、「上杉謙信=女性説」に決着がつくことを私たちは待つのみだ。







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☆『雪花の虎』1巻より


☝・・・「上杉謙信=女性説」。 信じるか信じないかは、アナタ次第です・・・!
(`・ω・´)


と、お茶を濁して、今回のブログはこのあたりでお開きにしておこう。


上杉謙信が本当に女性だったとしたら、こんなに面白い話はないし、あるいはその反対にその説が間違っていたとしても、私たちはその過程でロマンを十分に楽しめたと納得できる。









☝・・・てゆうかシロ! 甘粕景持! しんがりガンバレ!!
(*´ω`)


※この文章はブログ主の見解です。


(つづく)


【ご挨拶】
更新お久しぶりです。 何かと忙しいので、月刊更新的なブログを目指していこうと方針転換をしました。 よかったら、引き続きご覧になってくださいませ。

ゲームにマンガといったサブカルに、少しお堅い歴史分野の散策。 各方面への興味は尽きませんが、とにかく時間が、ねえ。




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